キリコの風景

1998/05/15 TCC試写室
函館を訪れた不思議力を持つ男。彼の旅の目的は?
日常と非日常が渾然一体となった魅力。by K. Hattori


 脚本が森田芳光、監督が明石知幸という、『免許がない!』と同じコンビの新作です。『愛する』に続く、日活製作の第2弾作品。僕は『免許がない』という映画を、「脚本は最高、演出がいまいち、映画としては凡打」と評価してますし、新生日活の第1弾であった『愛する』についても「企画の狙いが正体不明で時代錯誤の失敗作」と評価してます。ですから、この映画の資料を見ていても、最初からぜんぜん期待なんてしてなかった。頼りの綱は『てなもんや商社』の小林聡美が出演していることぐらいで、あとはなんとか「最後まで退屈せずに観られる程度の映画になっていてくれ」と願うばかり。

 ところが、この思い切りネガティブな事前評価が、本編を観はじめた途端にひっくり返ってしまった。これはすごい映画だよ。なんだか不思議なお話ですが、映画にムードがあります。意図するところはよくわかりませんが、その「わからない」部分が程よいサスペンスになって、観ているこちらの視線をぐいぐい引きつけて離さない。タイトルにある『キリコ』というのは、小林聡美演ずるヒロインの名前ですが、シュールレアリズムの画家、ジョルジョ・デ・キリコからとられたもの。函館の町を舞台に、限りなく日常的で、同時に浮世離れした不思議世界を見せてくれる。森田芳光と函館と言えば、映画『キッチン』の舞台が函館でした。彼にとっては、近しい町なのでしょう。この映画でも、ロケーションがじつに効果的で、面白い効果を出してました。

 函館にやってきた、不思議な男の物語です。男はタクシーの運転手と不動産屋を連れて、町のマンションを見て歩く。男はマンションの郵便受けをじっとながめ、おもむろに部屋を訪れると、その部屋の住人の不品行や非行をたしなめ去って行く。郵便受けや隣室の壁を見ただけで、部屋の住人がどんな生活をしているのか、どんなやましい所があるのかをキッパリと当ててしまうのです。持ち物から持ち主の現在・過去・未来を当てるのは、千里眼という超能力の一種でしょうか。この映画の主人公は、それを「超能力ではない」と言いますが、誰がどう見たって、彼の能力は超能力だし、神懸かりです。演じているのが『ビリケン』の杉本哲太だから、この神懸かりもなかなか堂に入ったもの。郵便受けの前でじっと腕組みしているだけで、「○○号室です。行きましょう」とすたすた歩いていってしまう。ん〜、面白い。

 「マンションの病気を治しているんです」というこの男が、なぜ、どんな目的で函館に来たのか、どういう理由で、タクシー運転手や不動産屋たちと一緒に行動しているのか。その理由は、結局の所よくわからない。男は過去に詐欺で逮捕された経験があり、刑務所暮らしの間に去っていった妻を探して函館に来たらしい。その妻というのが小林聡美というわけです。

 明石監督は『免許がない!』の中途半端さが嘘のような演出ぶり。ちょっとライクーダーみたいな音楽も、函館の風景にマッチしていてよい。これは注目株です。


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