しあわせになろうね

1998/05/25 KSS試写室
やくざ渡世も明日で終わりという日に起こった大事件。
アイデアは面白いが芝居が駄目。by K. Hattori


 やくざ渡世に見切りを付けて、いよいよ明日は組の解散式を迎える山室組。組解散後は、寿司職人になるもの、他の組に転職(?)するもの、田舎に帰って今までできなかった親孝行をしようとするものなど、組事務所の中は修学旅行前日の教室のように、何やら晴れがましい雰囲気に包まれている。暴対法の施行以来、いばらの道を歩んできた組員たちは、やくざを辞めることで、ようやく人間らしい生活への第一歩を踏み出そうとしている。ところがそんな矢先、対立していた組織の組長が何者かに殺されるという事件が起きる。そう言えば、朝から姿の見えない若い衆がひとり……。まさかあいつが、とんでもない事件を起こしたんじゃあるまいか? そんな組員たちの不安は、間もなく見事に適中してしまった!

 解散を目前に控えた組員たちの1日を、組事務所という場所に限定して描いたシチュエーションドラマ。ひとつのセットの中で、人間が出たり入ったりしながら、それぞれの思惑が合致したりすれ違ったり……。これと同じ構成の映画に、昨年のヒット作『ラヂオの時間』がありました。川島雄三の『しとやかな獣』という大傑作も同じ形式。演劇的な匂いのする映画ではありますが、これらは映画のオリジナル・シナリオ(だと思う)。カメラを動かせばどこにでも場所を動かせる映画の利点をあえて脇にやり、場所の限定としう制約を課して、芝居の密度を上げて行くのに効果的な手法です。

 渡瀬恒彦、哀川翔、有森成也、雨宮良、風間杜夫、六平直政、伊武雅刀、鈴木清順、山田辰夫など、多彩な顔触れがそろった豪華キャストですが、それがあまり生かされていないのが惜しい。そもそも、渡瀬恒彦がやくざの組長には見えないし、有森成也もその女房には見えないよ。風間杜夫が組の幹部というのも苦しい。このあたりは、キャストと脚本の擦りあわせが必要だったのではないだろうか。人物の設定や台詞を見る限り、脚本段階では各人物の性格がかなり明確に描き分けられているのですが、芝居の段になると、それがまるきり全部同じ色に染まってしまうのが残念です。同じ場面で、全員が同じ顔をして戸惑い、怒鳴り、安堵し、恐怖におののく。はじめは全員が絵に描いたような「やくざ」の仮面をかぶっていても、思いがけず極限状態に追い込まれることで、それぞれの虚飾がはがれて、各キャラクターの地金が出てくると面白いんだけどな。

 事件が起こったことで、全員がそれぞれの思惑にしたがって、てんでバラバラな方向に走り出すものの、それが事務所という密室の中で窒息し、とぐろを巻いて緊張が高まって行く様子がもっと見たかった。事務所と組長の部屋、トイレの前の廊下など、場面の変化によって人物の表情が豹変する様子も、もっと入念に描き出すと面白かったと思う。人物出し入れの処理などにも、あとひと工夫もふた工夫もできたはずです。

 基本的なアイデアの出発点は面白いのに、それが上手に育てられなかった作品だと思いました。


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