裏街の聖者

1998/06/18 メディアボックス試写室
日本のマンガ「Dr.クマひげ」を原作とした香港版『赤ひげ』。
トニー・レオンが人情派の医師を好演。by K. Hattori


 日本のマンガ「Dr.クマひげ」(原作:史村翔、漫画:ながやす巧)を翻案し、トニー・レオン主演で映画化したもの。内容的には、黒澤明の『酔いどれ天使』や『赤ひげ』、勝新太郎主演の『酔いどれ博士』の系列にある、熱血人情派医師の物語です。主人公マックは、かつて一流病院に勤務する研修医でしたが、ある事件がきっかけで病院を追われ、香港の裏町にある雑居ビルの中に、小さな診療所を構えている。街にいるのは、娼婦やチンピラ、食うに事欠く貧乏人など、社会の底辺にいる人々ばかり。マックはこうした人々の治療を、時には無料で引き受けることもある人物。彼の人柄にひかれ、一流病院を辞めて診療所を手伝うようになる若い医師が登場するなど、人物配置の面では『赤ひげ』に近いかも。

 監督は新作『不夜城』が話題のリー・チーガイ。この映画は1995年の製作ですが、日本では公開されていなかった作品。明らかに『不夜城』を意識しての公開でしょう。香港では正月の顔見世作品として作られた映画だそうで、主演のトニー・レオン以外にも、どこかで観たことのあるような顔が大勢出てきます。そういう意味では、なかなか見応えのある作品と言えるでしょう。最後はハッピーエンドで、お正月らしくオメデタイ後味が残る。結局のところ何が言いたいのだかよくわからない映画でしたが、次々登場する人物が話題とエピソードを提供し、最後の最後まで決して飽きることはありません。もっとも、僕は少し寝てしまいました。寝不足気味で体調が悪かったこともあるけれど、この映画の印象を一言で言うと、「ヌルイ映画」ということになると思います。

 人物配置としては、主人公マックと、かつての親友ロジャーの関係が中心になるはずなのですが、ロジャーの人物像が少し弱い。彼のマックに対する罪悪感、嫉妬、憎悪、尊敬、敬愛、親しみなど、様々な感情が入り混じった複雑な思いが、画面のこちらにちっとも伝わってこない。映画に出てくるロジャーは、ひどく不誠実で気まぐれな人物に見えてしまう。人物たちに、あと1歩踏み込んでくれると、映画はもっともっと面白くなったと思います。この映画では、何でもかんでもアッサリしすぎです。刑事と娼婦のカップルも、若い医者の卵とガンの少女の恋も、もっとベタベタに味付けすべきなのに、やけに淡白な描写しかしない。マグロの刺身を醤油なしで食べるような味気無さが、ちょっと歯がゆいです。

 全編にジャズを使っているのですが、これがぜんぜん物語に合ってません。中でも歌の使い方は気になった。特にテーマ曲である「マック・ザ・ナイフ」は納得できない。ブレヒト&ワイルの作ったこの曲は、もともと『三文オペラ』の中のナンバーで、マック・ザ・ナイフこと主人公メッキー・メッサーの悪逆非道ぶりを歌ったものです。『三文オペラ』のメッキースは女たらしのケチな小悪党なのに、なぜそれがこの映画では主人公のテーマ曲なの? 「マック」という名前と、主人公が外科医だから「ナイフ」という発想? すげーくだらない。

(原題:流氓醫生 / MACK THE KNIFE)


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