飢餓海峡

1998/06/20 盛岡・中劇2
(第2回みちのくミステリー映画祭)
青函連絡船の遭難事故にまぎれて、強盗殺人犯が逃亡する。
昭和40年に製作された内田吐夢監督作品。by K. Hattori


 わざわざ盛岡の映画祭(第2回みちのくミステリー映画祭)まで来て、なんでこの映画を観ているんだかよくわかりませんが、結果としてはこの機会に観ておいて良かったと思える作品でした。モノクロ、シネスコサイズ、3時間3分の映画なんて、ビデオで見たくないもんね。映画を上映した中劇2は、劇場もきれいでスクリーンもそこそこ大きい。加えて今回上映されたプリントの質も、傷みがほとんどない上の上でした。これは数年前に作った、まだ新しいプリントでしょう。

 昭和29年9月26日、運行中の青函連絡船洞爺丸が台風15号に遭遇して転覆し、1115名という多数の死者・行方不明者を出した海難事件をもとに、水上勉が書いた同名小説の完全映画化。製作されたのは昭和40年ですから、映画の中の「事件から10年」という時間の流れとちょうど符合します。ただし、映画の中では事件の発端となった連絡船の事故を終戦直後としており、昭和32年に施行された売春防止法の話題が「現在」の場面で出てくることから、全体に時代を10年ほどずらしていることがわかります。この物語は洞爺丸事件にインスピレーションを得ながら、それとはまったく別の方向にストーリーを発展させているのです。

 監督は片岡千恵蔵の『血槍富士』や、中村錦之助の『宮本武蔵』5部作で知られる巨匠・内田吐夢。報道写真用のトライXフィルムを使って、全体にざらついた画面を作っているのが特徴。これが逆に、映画全体に記録フィルムのような生々しい臨場感を生み出している。終戦直後の混乱期、北海道で起こった質屋強盗殺人事件。青函連絡船遭難のどさくさに紛れて海を渡った犯人を刑事が執念深く追うが、ついに逮捕できぬまま取り逃がしてしまう。それから10年後、東京の娼妓が舞鶴で殺される事件が起こり、ふたつの事件は解決する。犯人を追う老刑事を演じたのは、『二等兵物語』シリーズや、駅前シリーズなどで知られる喜劇俳優・伴淳三郎。舞鶴の事件を捜査する刑事として、高倉健や藤田進が出演しています。犯人役は三國連太郎。

 物語の中心は刑事と犯人の息詰まる駆け引きにあるのですが、映画は事件直後に犯人に親切にされた娼妓のエピソードにかなりの時間を割いています。彼女のエピソードは、先日公開されていた松竹の『ラブ・レター』のヒロインに一脈通じるところがある。たった1度だけ出会った男の親切を恩に着て、いつか彼に再会して礼を言いたいという、その一心でつらい仕事を続ける女のいじましさ。彼女が肌身はなさず持ち続けているのは、指輪ではなく、男の薄汚い爪だというのもいい。彼女の心情がモノローグで語られる場面は、彼女の気持ちに同情して『ラブ・レター』と同じぐらい泣けました。

 この映画では、事件の真相について結論を出していません。たぶん犯人自身にも、事件の中の真実はわからなくなっているのだと思う。人間の心の中にある善と悪の問題に、鋭く斬り込んだ映画でした。


ホームページ
ホームページへ