ニキ・ド・サンファル
美しい獣(ひと)

1998/07/28 東和映画試写室
女性芸術家ニキ・ド・サンファルについてのドキュメンタリー。
〈タロット・ガーデン〉の製作風景はすごい。by K. Hattori


 世界的に有名な女性芸術家、ニキ・ド・サンファルのドキュメンタリー映画。彼女の生い立ちから、作品の履歴、制作風景、現在の心境までを、彼女自身のナレーションで綴って行く。僕は現代美術に疎いので彼女についてはまったく何の知識もなかったのですが、画面に次々登場する作品の迫力にぶったまげ、彼女自身のキャラクターにも大いに魅了されてしまいました。

 ドキュメンタリーとして、じつにバランスよく作られている映画です。'40年代に雑誌のモデルをしていた時代から、'60年代の新しい芸術運動に参加して行く姿、'70年代に彼女が製作した自伝的映画からの引用、壮大な〈タロット・ガーデン〉の製作風景、そして現在まで、彼女の芸術家としての人生をばっさりと横断して行く。監督・脚本のペーター・シャモーニは、'72年にニキと一緒に映画『ダディー』を共同製作したり、ニキの記録映画『ハノーファーの三人のナナ』を撮ったりしている。もうかれこれ20年以上の付き合いです。そうした信頼関係があるからこそ、彼女のふところ深くまで飛び込んで、こんなに素敵なドキュメンタリーが作れるのでしょう。この映画の企画には、ニキ側の意向もかなり働いているようですが、それも互いの信頼関係あらばこそです。

 この映画は'60年代から現代に至る現代アートの流れを、ニキ・ド・サンファルというひとりの作家を通して描き出している。ニキが'60年代に行っていたパフォーマンス要素の強い「射撃絵画」の記録や、ニキとパートナーのジャン・ティンゲリーがネヴァダ砂漠で行った反核ハプニングの記録映像などは、今観ても結構面白い。当時はアートがニュースになった時代なんだよね。ニキはその後、次々と作品のスタイルを変えて行くのですが、その心境が語られている部分が印象的。彼女はひとつの型にはまることを避けて、それまでの製作スタイルを惜しげもなく捨ててしまうのですが、それには大きな苦しみや痛みが伴っている。表現に携わる人間は、得てして自分のスタイルが出来るとそれを守ろうとするし、それが続くと、自分の過去の作品を自分自身で模倣するようになる。名の知れた芸術家は、それで食っていけるんです。ある程度名前が売れてからスタイルを変えるのは冒険だし、勇気が要ると思う。でも自分の中から涌き出てくる想像力を開放するためには、それまでの自分の世界を何度でも叩き壊さなければならない。ニキは恐れることなく、それをやってのけるのです。

 この映画のクライマックスは、ニキ自身が大作〈タロット・ガーデン〉を案内する場面でしょう。製作前のスケッチからはじまり、骨組作り、セメント工事、タイルやガラスを使った装飾の様子まで、逐一画面に映し出される。モザイク装飾などはガウディの影響が当然あるのですが、造形や色彩感覚が飛びぬけていて、これは一度本物を見てみたいです。'79年から建設がはじまった公園は、今年ようやくすべてが完成するそうです。この公園だけ、アイマックスで撮影してくれないかな……。

(原題:NIKI DE SAINT PHALLE)


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