ミスター・フリーダム

1998/08/12 徳間ホール
フランスをアカの侵略から守るため大活躍するスーパーヒーロー。
この映画のユーモアは劇薬なみに強烈です。by K. Hattori


 すごく楽しい映画。大ヒット中の『オースティン・パワーズ』に対抗できるのは、この映画をおいて他にないでしょう。共産主義から人類を守る正義の味方ミスター・フリーダムが、アカの脅威にさらされているフランスを守るためにアメリカからやってくる。グロテスクなまでにカリカチュアライズされた、傲慢で独善的なアメリカニズムの押し付け。世界の平和は、アメリカが守ってやってるんだという高慢ちきな態度。そんな政治状況を皮肉ったシチュエーションに、セルジュ・ゲンズブールのポップな音楽がかぶさり、いい年した大人たちが大真面目にカブリ物や着ぐるみをまとってスパイごっこを繰り広げるばかばかしさ。これを大真面目に大予算で作れば『オースティン・パワーズ』も真っ青なんですが、そこは1968年製作のフランス映画ですから金がない。金がないから必然的にすべてが安っぽい。しかし、その安っぽさがじつにいい味になって、画面の隅々まで充満している。これはかなりイケテます。

 普段は街の保安官。その正体は、正義の味方ミスター・フリーダム。これは最初から、スーパーマンやバットマンのパロディなのです。しかしこのヒーローは、自分の正義をまったく疑わない。どんな小さな悪も目こぼししない。ケチな窃盗をした黒人一家の食卓にミスター・フリーダムが飛び込み、「悪党は許さないぜ!」と言い放って銃を乱射する狂ったオープニングにはびっくりしますが、その後も我らがミスター・フリーダムの暴走は続きます。フランスに乗り込んでからは、現地の支持者たちの前で大演説。このシーンは、アメリカ大統領選挙前の大規模な党大会のパロディになっている。ミスター・フリーダムが壇上から、「我々の敵はふたつある。スタンダールも言っているが、それは“アカとクロ”だ」と発言して大喝采を浴びるシーンには口アングリ。このユーモアは毒が強すぎる。この映画は劇物指定です。

 アメリカ大使館の内装が巨大なスーパーマーケットになっていて、主人公たちの周りを金髪のダンサーが踊り狂うという場面もすごかった。これに音楽でも乗せればミュージカル風になるんでしょうが、あえて音楽をまったく使わない意地悪さ。リノリウムの床にダンサーたちのスニーカーの靴なりの音がキュッキュと響き、彼女たちがだんだんバテてくるのが観る方にも伝わってくる。よく観ると、後ろのほうで少しサボってるのもいる。

 名優フィリップ・ノワレが悪役ムージクマンを演じていますが、スポンジ製の真っ赤な着ぐるみが素晴らしい。しばらく夢に出そうです。主人公ミスター・フリーダムを演じているジョン・アビーも、無根拠に爽やかなアメリカン・ガイを好演してます。監督・脚本はカメラマンとしても有名なウィリアム・クライン。上映時間は1時間半と、普通の映画よりは短いけど、この内容では後半ちょっとダレる。あと10分ぐらい短いとちょうどいいかもね。とにかく全編ものすごい破壊力がある、ウルトラ・ポップ・ムービーです。

(原題:Mister Freedom)


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