始皇帝暗殺

1998/09/03 パンテオン(完成披露試写)
『さらば、わが愛/覇王別姫』のチェン・カイコー監督最新作。
前3世紀に中国を統一した秦王の悲劇を描く。by K. Hattori


 歴史上初めて中国全土を武力統一した秦の始皇帝と、彼を暗殺しようとして失敗したものの、その大胆さと侠気から歴史に名を残した刺客の物語。暗殺は失敗したのだから、本当はタイトルを『始皇帝暗殺未遂』にするほうが正確かもしれない。ちなみに今回の完成披露試写で上映されたフィルムも、最終編集が終っていない未完成バージョン。この試写会も本当は「未完成披露試写」にすべきだった。舞台挨拶で監督が「まだ手を入れます」と断言していたから、最終的なバージョンができたら、それもまた観なくてはいけないではないか。

 主人公は秦王・政(後の始皇帝)と、燕から秦に送りこまれる刺客・荊軻(本当は「荊」の字が違う)、それに、政の幼なじみであり恋人でもある趙姫の3人。物語は天下統一の理想に燃える青年王・政を描いた序盤、王宮で起こったクーデター事件から政が人間不信に陥る様子を描いた中盤、荊軻による秦王・政の暗殺計画を描いた終盤に分けられる。序盤と終盤をつなぐ役目をしているのが、コン・リー演じるヒロインの趙姫。彼女は秦による天下統一こそが人々の生活安定に役立つと信じ、秦のスパイとして燕に入り込むが、彼女の政に対する気持や信頼感は、無残にも裏切られてしまう。

 始皇帝の生い立ちや実母まで加わったクーデター事件について、ある程度の予備知識がないと話がわかりにくいかもしれない。仮に話がわかったとしても、この映画が歴史上の始皇帝像を現代風に解釈したユニークさが、なかなか伝わりにくいだろう。この映画に登場する始皇帝(政)は、目的のためには手段を選ばない残虐非道な王ではない。彼は国と国民を豊かにするという明確な理想を持った君主だったが、不幸な少年時代やクーデター事件がきっかけで、恐ろしいまでの猜疑心に凝り固まってしまう。自分の部下も家族も信じられないのは、ひどく孤独だ。彼の目は何者かに怯えて視線はオドオドと宙をさ迷い、引きつった笑顔は余裕を失い、心は復讐を恐れて占領地の民を皆殺しにする。なんとも気の毒な男だ。

 上映時間が3時間近いのだが、あまり長さは感じない。豪華な衣装やセット、迫力満点の合戦シーン、重厚な芝居の応酬に、思わず時間を忘れてしまった。ただし、荊軻が殺し屋家業を辞めた理由とされているエピソードやその後の展開は、香港のギャング映画みたいな安っぽさだと思う。映画の中で彼が殺し屋を辞めたのは、ひとりの盲目の少女を殺したことに良心の痛みを感じたからだ。彼は趙姫の中に少女の面影を見て、刺客として秦に乗りこんで行く。歴史書によれば、荊軻は当時の有名な「侠客」だ。文武両道に優れ、各地を旅しては様々な人々と親交を持っていた。その中に、燕の太子もいたのだろう。僕は侠客としての荊軻を見てみたかった……。

 映画は序盤がややもたつくが、宮廷クーデターあたりから俄然面白くなり、終盤はすっかり引きこまれてしまう。宮殿や城郭を再現した巨大なセットの迫力を見れば、制作費60億円も無駄でなかったと納得できる。

(原題:荊軻刺秦王/THE ASSASSIN)


ホームページ
ホームページへ