おもちゃ

1998/10/22 東映第1試写室
昭和30年代の京都の花街を舞台にした、深作欣二の最新作。
成人の日に公開される異色の青春映画だ。by K. Hattori


 昭和30年代。売春防止法施行前後の京都を舞台に、芸妓置屋の仕込みおちょぼ(下働きの芸妓見習い)として働く少女・時子の成長を描いた青春映画。タイトルの『おもちゃ』というのは、主人公が舞妓になったときの名前です。脚本は新藤兼人、監督は深作欣二。一見意外な組み合わせですが、このコンビはかつて『軍旗はためく下に』でも一緒に仕事をしている仲。深作監督は一連のやくざ映画で東映に一時代をもたらした人ですが、一方で『青春の門』『道頓堀川』『火宅の人』のような文芸作や、『華の乱』のような女性映画も撮るなど、すごく守備範囲の広い人。僕は最初この映画に、まったく何の期待もしていなかった。脚本の新藤監督が『墨東綺譚』で描いたあけすけなセックス描写と多少の文芸趣味に、深作監督が得意とする欲望むき出しの人間群像がからまりあった、グロテスクなゲテモノ映画になるのだろうとばかり思っていた。ところがどっこい、この映画は爽やかな青春映画なのです。僕はこの映画を観て素直に感動し、何度か涙ぐんでしまった。

 オープニングタイトルで童謡「ちょうちょう」が流れたときは、「なるほど、男から男へと渡り歩く花街の女たちの生態を、蝶に例えているのだろう」と早合点したのですが、これはもっと単純。仕込みおちょぼから舞妓になる少女の成長を、イモムシが美しい蝶に変わる姿に例えているのです。仕込みおちょぼ時代の時子は、とにかく毎日休む間もなく走り回っている。朝は5時起きて掃除をし、芸妓たちの履き物を磨き、風呂を沸かし、芸妓たちを起こして回り、簡単に食事をした後はお稽古場に一直線。帰ってきたら、今度はお使いや何やかやで、本当に座る間がない。映画はこの時子の目を通して、花街の裏側にある男と女の姿や、芸妓たちの手練手管、売春防止法施行で騒然とする花街の様子、花街では見せることのない男たちの昼の顔などを描いて行く。このあたりはエピソードをどう並べてもよさそうな部分ですが、細かなエピソードの中で同じ置屋にいる芸妓たちの性格や人柄を紹介してしまう脚本はさすがによくできてます。

 僕がこの映画を観て感動してしまうのは、時子の「早く大人になりたい」という一途な気持ちに、素直に感情移入するからです。たぶん深作監督も、同じ気持ちでこの映画を演出していたと思う。今の子供たちは「できればずっと子供のままでいたい」と思っているかもしれませんが、時子もその幼なじみの青年も、ひたすら「早く大人になりたい」と願っている。貧しい時代だったから、大人になって稼ぎたいという気持ちもある。でも「早く大人になりたい」というのは、思春期の青少年たちにとって、いつだって切実な願いだったと思うのです。それは現代の子供たちでも同じだと思う。

 この映画で描かれている昭和30年代前半は、深作監督が東映東京撮影所で助監督をしていた頃とぶつかります。「早く一人前になりたい」という時子の思いの中には、深作監督自身の青春が投影されているのでしょう。


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