kino

1998/11/13 映画美学校試写室
CMプランナー出身のマルチ・クリエイター佐藤雅彦の監督処女作。
6つの短編からなる52分の「kinoワールド」。by K. Hattori


 新作『たどんとちくわ』の公開が控えている市川準、新作『Beautiful Sunday』の公開が目前の中島哲也に続いて、CM業界からまたひとり、映画監督がデビューしてしまった。広告業界ならその名を知らぬ人はいないという、スーパースター佐藤雅彦の登場だ。この人の本業はCMディレクターではなく、広告のプランナー。CMも作れば雑誌や新聞広告も作り、キャラクターグッズを作り、グラフィックデザインもこなし、最近はゲームのデザインまでしてしまう才人。東大出身で電通に勤務し、後に独立。受賞歴は数知れず。広告業界にはいろいろとスゴイ人たちがひしめき合っているのですが、佐藤雅彦は、その中でもひときわ抜きんでた存在。広告業界のレオナルド・ダ・ビンチみたいな人なのだ。

 広告業界の内情にまったく興味がない人でも、この人の手がけた広告キャンペーンは知っているだろう。例えば、小池屋のポリンキー、NECのバザール・デ・ゴザール、小泉今日子を使ったJR東日本のキャンペーン、クリストファー・ロイドやサルバドーレ・カシオ少年を使ったフジテレビのキャンペーン、「うまいんだな、これが。」というモルツの広告、小沢健二の歌を使ったカローラIIの広告、クマのキャラクターを使った住友銀行のキャンペーンなど、どれかは知ってますよね。(最近の仕事が入っていないのは、2年前に発売された「佐藤雅彦全仕事」という本を資料にしているからです。)

 佐藤雅彦の多岐に渡る仕事ぶりを見れば、いずれは彼が映画を撮っても少しもおかしくなかったのだ。だが映画は彼にとって最終到達点ではなく、ひとつの通過点か、たくさんある仕事のひとつになるだろう。今回の『kino』という作品は小さなエピソードを集めた短編集で、雰囲気としては以前サルバドーレ・カシオ君を使って作っていたフジテレビのキャンペーンに近いノリが感じられる。CMは30秒勝負だが、映画は時間の制約から自由になれる。でも発想そのものは、どのエピソードもCMとあまり変わりがないように思える。というより、佐藤雅彦という人は、CMの中でかなり映画的な表現を既に試みていたのだ。今回はそれを、本格的な映画のスクリーン上に敷衍したに過ぎない。

 映画は全部で6つのエピソードからなり、内訳はルーマニアで撮影された5つの物語と、1本のCG作品からなり、それぞれが数分の短編ばかり。なんと映画の上映時間は、全部ひっくるめても52分しかないのだ。2時間半や3時間の映画が普通になっている現在、この短さはありがたい。内容的にはなんてことない話ばかりですが、オチが途中でわかっていても、笑ってしまう可笑しさがある。これはCMで鍛えた技術でしょう。CMは何十回、何百回とオンエアされるものなので、素人の瞬間芸のような内容ではごまかせない。『kino』に出てくる6つの映画は、繰り返しの鑑賞に堪えられる完成度があると思う。僕は「ホテル・ドミニクの謎」と「大人の領域、子供の領域」が特に気に入った。後者は泣ける。


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