Queen Victoria
至上の愛
1998/11/17 松竹第1試写室
19世紀のイギリス王室で芽生えた禁じられた恋の結末は?
ビクトリア女王の実話をもとにしたドラマ。
by K. Hattori
1837年から始まるビクトリア女王統治時代のイギリスは、政治、経済、軍事、文化など、ありとあらゆる面に置いて「大英帝国」の名に恥じない世界の盟主国だった。女王の在位は20世紀最初の年である1901年まで続くが、在位中でも1850年代〜70年代にかけての四半世紀は、後世の歴史家が「ビクトリア朝の繁栄期」と表現するほどの黄金時代を築いている。もっとも、イギリス王室は「君臨すれども統治せず」が原則なので、こうした繁栄は女王ひとりの功績ではない。むしろ女王自身は、この時代に大きな悲しみを味わっていた。長年連れ添ったアルバート公を、1861年に腸チフスで亡くしたからだ。女王の悲しみは深く、王宮は暗い雰囲気に包まれた。公的な服喪期間が過ぎても、女王は喪服を脱ごうとはしなかった。(結局彼女は死ぬまで喪章を手放さなかったという。それだけ公を愛していたのだ。)
だがそんな女王の悲嘆も、長く続けば周囲に悪影響を与える。悲しみで食が細くなった女王と、一緒に食事する家族たちの身にもなってみよ。公務欠席をいいことに共和主義者が議会で勢力を伸ばし、あろうことか君主制廃止を訴え始めるありさまだ。こうなっては、女王の態度が国を揺るがす大事件へと発展してしまう。そこで彼女を慰めるために呼び出されたのが、この映画のもうひとりの主人公である馬の世話係ジョン・ブラウン。ハイランド人のブラウンは、横柄でぞんざいな口調で女王に接して侍従たちを蒼白にさせるが、乱暴な口振りの下にある女王への深い敬意と優しさが、やがて悲しみに沈むビクトリア女王の心を解きほぐして行くのだ。女王はブラウンに親愛の情を感じ、やがてそれは友情になり、さらに友情を越えた愛情へと変化して行く。女王の気晴らしに乗馬を勧めたつもりの重臣たちは、女王の気持ちが馬の世話係のブラウンに向かっているのを知って「パンドラの箱が開いた」とつぶやく。ブラウンと急速に親しくなって行く女王を、人々は揶揄を込めて「ミセス・ブラウン」と呼ぶようになっていった。
ブラウンに政治的な野心があれば、彼は女王に取り入って国政を左右することもできただろう。だが彼にはそんな野心はない。女王とブラウンの愛情関係はあくまでも抑制されたプラトニックな物で、俗な言葉で言えば「友だち以上、恋人未満」という関係だ。だがそんな関係も、時代の中で鍛えられ、試練の中で磨き抜かれると、この映画のような美しいものに成長する。ブラウンは私利私欲を捨ててひたすら女王を守るために働き、女王も自分の立場を越えてブラウンを愛するのだ。
ブラウンの気持ちの中核にあるのは、「高貴な女性のために命をなげうって戦う」という騎士道精神だろう。だがこの映画はブラウンを「騎士道精神」というステレオタイプな分類に押し込むことを避けることで、彼の純粋な愛を、現代にも通じる普遍的な感情として描き出すことに成功していると思う。男なら誰でも、ブラウンのように誰かを愛したいと思うのではないだろうか。
(原題:MRS BROWN)
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