BARに灯ともる頃

1998/11/20 ユニジャパン試写室
マルチェロ・マストロヤンニとマッシモ・トロイージが父と息子を演じる。
息子の成長ぶりに父親が気づく1日の物語。by K. Hattori


 今はなきイタリアの名優マルチェロ・マストロヤンニと、同じく今はなきイタリアの若き名優マッシモ・トロイージが共演した1989年のイタリア映画を、10年たった今になって日本公開。この10年がどのぐらい昔かというと、「この映画に出ているアンヌ・パリローはまだ『ニキータ』に出演する前だった」というぐらい昔の話だ。つい先日『仮面の男』に出演していたパリローと比べると、さすがに若い。肌なんてツヤツヤです。(ちなみにこの映画で彼女はイタリア語の台詞を話していますが、これは全部吹き替えでした。)監督・脚本は『ル・バル』『スプレンドール』のエットーレ・スコラ。兵役に行っている息子のもとを訪れた父親が、1日を一緒に過ごすという、ただそれだけの話です。

 マッシモ・トロイージは『イル・ポスティーノ』で日本の映画ファンにも知られる人ですが、本国イタリアではすごく人気のある俳優だったらしい。『イル・ポスティーノ』の頃は病気がかなり深刻で(撮影の直後に死んでしまったほどです)、骨と皮ばかりにやせ細っていたのですが、死の5年前に撮られたこの『BARに灯ともる頃』では元気な姿が見られます。マストロヤンニも遺作となった『世界の始まりへの旅』の頃に比べると、はるかに元気はつらつとしている。この時は劇中の父親と同じ、65歳という年齢だったのですね。

 貧しい境遇から苦労して高名な弁護士になった父親と、その父親を尊敬しつつも距離をとろうとする息子。父親はいつまでも息子を子供扱いし、兵役が終わったらローマに部屋を買ってやる、車を買ってやる、といちいち世話を焼く。特に何か取り柄があるわけでもなく、付き合っていた恋人にも降られたという息子は、確かに少し頼りなく見える。ところが映画が進んで行くに連れ、息子は自分の友人や仲間たちと楽しく暮らしており、父親のいないところでしっかりと自分の世界を作っていることがわかってくる。父親はそんな息子の姿を見て、ひとりでローマに帰って行くのです。この映画は、父親が息子離れをする物語だと言っていいでしょう。

 登場人物が基本的にはふたり。途中で息子の恋人役としてアンヌ・パリローが登場したり、バールの仲間たちが紹介されたりもするが、映画からはすぐに退場して行く。父と息子は互いの近況を語り、少しお酒を飲み、食事をし、映画を観て、息子の恋人を訪ね、息子の行きつけのバールを訪問し、別れて行く。そこにある高密度な会話の中から、さまざまなドラマが生まれるのだ。派手さはまったくないが、この密度は映画ならでは。これと同じ事をテレビでやったら、退屈で仕方ないはず。この会話の密度を維持できるのは、映画と演劇だけだろう。

 舞台劇では再現できないこの映画のもうひとつのモチーフは、舞台となるチヴィタヴェッキアという小さな港町の風景。名所も美味いレストランも何もない、人口5万人足らずの小さな町の空気が、この映画には巧みに盛り込まれている。それがいかにもイタリアなのです。

(原題:CHE ORA E ?)


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