ちぎれ雲
〜いつか老人介護〜

1998/12/01 松竹セントラル2
誰もが避けて通れない老人介護問題をテーマにした作品。
脚本が素晴らしくいい。これは必見だぞ。by K. Hattori


 老人介護問題を扱った独立プロ作品で、松竹セントラル2での上映は11月21日から12月4日までの、わずか2週間。その後は各地のホールや公民館、学校などを巡回して回るらしい。じつはこの作品、僕はマスコミ試写を観ていなくて、こんな作品があることもまったく知らず、数日前に偶然映画館の前を通りかかって看板を見つけた次第。たまたまスケジュールが空いていたので何の予備知識もなく観たのですが、これがすごくいい映画で驚きました。この手の映画はどうしても理念やメッセージだけが突出して薄っぺらな話になりがちなのですが、各登場人物がしっかり描けているし、エピソードに盛り込まれた介護現場の現実もリアルです。深刻な社会問題を扱っているものの、登場人物が生き生きしていて暗くなっていないのもよかった。観客の不安をあおるのではなく、明るい希望を感じさせる映画です。もっと早くこの映画の存在を知っていたら、あちこちで推薦して回ったのに……。それがすごく残念です。

 主人公の田上百合子は広告会社でデザイナーをしている23歳の女性で、両親と弟の4人暮らし。ある朝ジョギング中に、親友直美の祖母が痴呆症で徘徊しているのにショックを受けたのを皮切りに、信頼していた上司が両親の介護のために会社を辞めたり、老人ホームに入るのを嫌がって駅前でだだをこねる老女に出会ったりする。「老人介護」の問題を描く際、老人の存在を身近に感じることのない若い女性を主人公にし、そこから少しずつテーマに近づいて行くことで、この主人公が映画を観る観客の視点を代行するというスタイルは、まず定石通りの展開と言える。ただしこうしたアプローチは、問題の本質に到達するまでにやたらと時間がかかり、回りくどくなる可能性もあるのだが、この映画はその辺をわきまえていて、必要に応じてズバリと中心に切り込んでくる。僕はこの脚本にまず感心してしまった。ホームヘルパーの木村や、老人ホームで生活指導員をしている深沢、ホームで働く介護福祉士たちといった、主人公の生活にとって、それまでまったく縁もゆかりもなかった人たちが次々と登場するあたりも、まったく不自然さを感じない。中盤で「じつは全員が知り合いでした」というあたりには作為を感じるが、これはしょうがないね。

 老人を抱えた家族の問題、家庭介護で家族にのしかかる負担、老人ホームでの介護の限界、ホームヘルパーの重要性、老人ホーム建設に対する地域の無理解、老人の性と結婚の問題など、さまざまなテーマを1本の映画に盛り込んでいる映画ですが、それぞれがジグソーパズルのようにピタリと収まるべき場所に収まり、いびつなところが少しもない。監督・脚本は『男ともだち』(僕は未見)の山口巧。なかなかどうして、たいした名人です。

 派手なところはないけれど、真面目にきちんと作ってあって、完成度のきわめて高い映画です。娯楽映画としても申し分なし。機会さえあれば、ぜひ多くの人に観てほしい映画です。絶対に観て損はしないはずです。


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