カフェ・ブダペスト

1999/01/15 銀座シネパトス3
東西冷戦終了直後の1990年。東と西が出会う町ブダペストが舞台。
町の混沌の中には、夢がたくさん詰まっている。by K. Hattori


 東西冷戦が終わり、ベルリンの壁が取り払われた1989年。ふたりの若者が、ソ連東端のウラジオストクの湊から、海の向こうを眺めている。「ここから東に進めば西側だ」。だが海はあまりにも広い。ふたりは向きを変え、西へ西へと進んで行く。1年後の1990年。ふたりは東欧と西欧のはざまにあるハンガリーの首都、ブダペストにたどり着いた。当時のハンガリーはソ連型の共産主義体制から、急速に西欧型の民主主義国家に姿を変えつつあり、民衆の間には自由を謳歌する空気が広がっていた。西側への脱出の中継地として、多数のロシア人が流れ込むと同時に、西側からも時代の目撃者となるべく、多数の人々がやって来ていた。まさに東西ヨーロッパが融合して行く時代の象徴であり、縮図とも言える光景がそこには存在したのだ。この映画は、そんなブダペストに集う外国人たちを主人公に、その後起こる東欧の経済的混乱、マフィアの台頭、民族紛争などの芽生えを描いている。監督はハンガリーで長年ドキュメンタリーの製作にたずさわってきた女性監督フェケテ・イボヤで、これが長編劇映画のデビュー作だという。

 映画の中心になるのは、ソ連から来たふたり組のミュージシャン、ユーラとワジム。同じくソ連から、西側への脱出を夢見てブダペストの駅に降り立ったセルゲイ。町にあふれる外国人たちに、安い宿を提供する下宿屋の中年女性エルジ。激動するヨーロッパを見ようとブダペストを訪れている、イギリス人女性マギーと、アメリカ人女性スーザン。フリー・マーケットで物品や情報の仲介をして稼ぐ、ソ連からの出稼ぎ男などだ。物語を強力に引っ張る固定した主人公というのはいないが、映画の冒頭とラストに登場するユーラが、名目上の主人公だろうか。大きく分けると、ユーラとワジムにマギーとスーザンを加えた2組のカップルのエピソードと、セルゲイと情報屋にエルジを加えたエピソードになっている。

 エピソードの比率としては、とても暗い話です。西側への脱出を夢見るセルゲイは、夢うち砕かれて名もない死体としてブダペストの土に葬られ、パスポートに不備のあったワジムは、自分の目的さえ見失ったまま、進退窮まってブダペストに足止めを食う。情報屋はマフィアに追われるように、妻子の待つソ連に帰ってしまう。こうした暗いエピソードは、解放・民主化を進める東欧が抱えるネガティブな側面でしょう。こうした暗いエピソードを含みながらも、この映画の印象は決して暗くない。それは西側から来たふたりの女性が、それぞれ東側の男性と恋に落ちて結婚するところに、東西ヨーロッパ統合のポジティブな面が現れているからでしょう。主人公ユーラとワジムがミュージシャンという設定も、深刻な物語に軽さを持ち込んでいます。

 ユーラを演じたユーリ・フォミチェフは、旧ソ連で音楽教師として働いていたシンガー・ソングライターで、映画の中のユーラ同様、ハンガリーで知り合った英国人女性と結婚して、現在はイギリスで暮らしているという。

(原題:BOLSHE VITA)


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