君の手がささやいている

1999/01/26 TCC試写室
聴覚障害を持つOLと職場同僚とのラブストーリー。
テレビドラマをキネコで映画化。by K. Hattori


 生まれつき聴覚障害を持ちながら、普通の会社に勤めてOL生活を始めた武田美栄子と、同じ会社に勤める健聴者男性・野辺博文の出会いと結婚を描くラブ・ストーリー。主演は菅野美穂と武田真治。もともとは一昨年の12月に放送されたテレビドラマで、昨年のテレビジョンATP賞で優秀賞グランプリを受賞している。これはそれを再編集し、キネコでフィルムに起こして映画にしたもの。撮影がビデオなので、画質はフィルムに比べるべくもない。しかし中身は第一級のヒューマン・ドラマ。テレビドラマ的な落ち着きのなさは確かにありますが、テレビ映画に毛が生えた程度の、安っぽい上に面白くも何ともない作品よりは、よほど面白いし見応えがあります。この作品は「テレビが面白いから映画にしよう」ということでキネコにしたのでしょうが、このレベルのドラマが作れるなら、最初から16ミリなり35ミリでテレビ映画として作ってほしかった。もっとも、今やテレビのスタッフに「映画」は特別な物ではないのでしょうね。たぶん「フィルムで撮っておこう」という発想が最初からないと思います。市場もありませんし……。

 僕はこの作品を観て、またしても何度か涙ぐんでしまった。ヒロインのひたむきでけなげな生き方が心を打つし、彼女を見守る両親の姿にも感激する。特に父親を演じた本田博太郎が素晴らしい。家でふさぎ込む娘を「会社に行きなさい。社会人だろう」と諭す場面や、娘と結婚したいと言う博文を「ちょっと外に出ようか」と公園に連れ出す場面などは最高。木内みどり扮する母親も、娘を心配する夫に「恋愛で傷ついてもいいんです」と言い切るあたりに女親ならではの娘への共感が感じられたし、家に乗り込んできた博文の母の理不尽な申し出を、泣きながら娘に手話通訳する場面には泣かせられた。総じてこの作品は、ヒロイン美栄子とその両親がすごくよく描けている。これに比べると、相手役の博文以下、職場で彼らを見守る先輩女性社員や友人、博文の両親などが、やけに薄っぺらだったのが気になる。

 ヒロインのナレーションで語られる物語ですから、基本的に彼女に感情移入し、彼女の視点から物語を見ていけばあまり気にならないことかもしれません。でも僕は博文がなぜ美栄子を好きになったのか、その理由が最後までよくわからなかった。美栄子は確かに魅力的な女性ですが、その魅力に博文はいつどのようにして気づくのか。それがきちんと描かれていないような気がする。互いの好意が恋に変わる瞬間がきちんと伝わらないから、道路をはさんでの劇的なプロポーズにも、少し白けてしまうのです。博文の気持ちが十分に高まって、観客の誰もがウズウズしはじめた時にプロポーズさせないと、この一連のシーンがすべて嘘っぱちに見えてしまいます。

 終盤もややバタついている。博文の母親が最後には理解を示してハッピーエンドになりますが、そこに至る母親の葛藤がまったく見えない。これは彼女が武田家に出向いた時点で、本当は描いておくべきことです。


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