催眠

1999/05/10 東宝第1試写室
謎の連続自殺事件を引き起こしているのは“催眠”の力か?
ユニークなサイコ・ホラーだが最後はオカルト。by K. Hattori


 映画としてのデキは決してよくない。脚本には未整理な部分が目立つ上、芝居も大げさすぎて白々しく感じる場面が多いし、録音やグロテスクな特殊メイクで怖がらせようとするシーンが続出することにも不快感を持った。この映画は、非常に稚拙なサイコ・ホラー映画です。しかし、それでも最後まで物語に引き込まれるし、最後までそれなりに怖がらせてくれるのだから、娯楽映画としては合格点なのかな。個々の場面を観ていけば、文句をつけたくなることばかりなのは確かで、欠点を指摘しようとすればいくらでも指摘できる。たぶんこの映画は、プロの映画評論家にバカにされ、一般の観客からも「つまんないよ」と言われることでしょう。でも、映画を観ている時は、ちゃんと恐いんです。残念なことに、その恐怖感は各恐怖シーンでそれぞれ2秒しか持続しません。だから映画を観終わった時は、自分が映画を観ながら怖がっていたことすら忘れてしまうのです。

 東京都内で異常な自殺事件が3件立て続けに起こる。披露宴の最中、自らネクタイで首を絞めて死んだ新郎。練習中に両脚が折れるまで走り続けた陸上選手。妻の誕生日を祝った直後、高層マンションの窓ガラスを突き破って飛び降りた老人。それぞれ関連がないと思われた3件の事件は、彼らが死の直前につぶやいた「緑のサルが来た」という言葉で結びつく。事件の背後に犯罪の匂いを感じたベテラン刑事・櫻井は、心理カウンセラーの嵯峨から人を操る“催眠”について聞き、彼と共に事件を調べ始める。やがて彼らの目の前に、入絵由香という女性が現れた。彼女もまた、緑のサルの恐怖に怯えていた。

 主人公は心理カウンセラーの嵯峨で、演じているのは稲垣吾郎。専門は「解離性同一性障害(多重人格)」という設定だが、日本の学会では多重人格の存在が認められていないのに、どうやってそれを専門にするのだろうか。これは結局、「自称専門家」に過ぎないと思う。多重人格の由香を演じているのは、僕のお気に入りの菅野美穂。お気に入りだからある程度までは欠点に目をつぶろうと思ったのだが、今回はさすがに困った。次々に新しい人格が現れるのだが、最後に現れるのは『リング』の山村貞子も真っ青の化け物。これでは「サイコ・ホラー」ではなくて「オカルト」じゃないのか。

 この映画で一番納得できなかったのは、催眠が人間を幸福にするという主人公・嵯峨の主張だ。宇津井健扮する櫻井刑事が言うように、どんな人間も心の中に癒しがたい傷を持っている。だが、そんな傷があるからこそ、人間は強くなれるし、他人に対して優しくもなれるのではないだろうか。過去の苦い記憶を催眠によって封印し、誰に恥じるところもない完全無欠な人間になることが、人間の幸福につながるとはとても思えない。心に傷を持たない人間が、他人の痛みを理解できるだろうか。心の傷を無意識の中に隠蔽するからこそ、それが正体不明の強迫感になって人を悩ませる。むしろ催眠によって、過去の記憶を思い出させた方がマシなのでは……。


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