歌ごよみお夏清十郎

1999/05/31 徳間ホール
美空ひばりと市川雷蔵が共演した幻の時代劇映画。
有名な「お夏清十郎」物語の真相とは……。by K. Hattori


 美空ひばりと市川雷蔵が共演した、昭和29年の新東宝作品。『お夏清十郎』と言うのは、播州姫路の但馬屋の手代清十郎と主家の娘お夏が駆け落ちして捕らえられ、清十郎は処刑、お夏は狂乱したというスキャンダラスな事件。井原西鶴の「好色五人女」や近松門左衛門の「五十年忌歌念仏」で戯曲化されるなど、多くの文芸作品を生みだしている。この映画はひばりと雷蔵主演ということで、本来の悲恋物を逆転させた新解釈のハッピーエンドになっている。オリジナルのネガが紛失しているため、今回は残されたプリントを使っての上映。9月には35ミリのニュープリントで劇場にかけるようだが、今回の試写では16ミリを使っての上映。案の定、画面はボロボロ、音もザラザラのひどいありさまだった。

 映画では但馬屋を姫路の米問屋とし、商売敵の米問屋・近江屋の陰謀に、お夏と清十郎が巻き込まれるという筋立てになっている。雷蔵演じる清十郎は、仕事一途で色恋とは無縁の野暮な男。主人の娘お夏は彼のことが大好きなのだが、そんな気持ちも彼にはまったく伝わらない。お夏の気持ちを知りながらも立場上無視しているわけではなく、本当に何も気づかない鈍感な男なのです。商売敵の近江屋にとって、老舗の米問屋・但馬屋は目の上のこぶ。何とか但馬屋を潰したくて仕方がない。近江屋は但馬屋の腹黒い手代を自分の味方に付け、殿様から預かった五百両の金を蔵から盗み出させる。但馬屋は自分の家の金ならいざ知らず、お預かりの金とあっては役人に届けることもできない。やむなく馴染みの商家に援助を申し出るが、それと引き替えに、お夏を嫁に出すことになってしまう。お夏はこの結婚が嫌でたまらない。金を盗んだ手代にそそのかされ、清十郎をお供に連れて家出をすることにしたのだが……。とまあ、世間では「不義の駆け落ち」とされている出来事の裏に、止むに止まれぬ事情を作ったところがミソ。話にはかなり強引なところもあるのだが、近江屋の企みで但馬屋がとことん追い込まれて行く様子を見ていると、そんなことも気にならなくなってしまう。

 雷蔵はつっころばしの二枚目といった風体で登場するのだが、島を脱出して復讐のために姫路に戻ってくると、すっかり貫禄が付いて凄味のある表情を見せる。この演じ分けが見事。映画の前半では美空ひばりが物語を引っ張り、後半では完全に雷蔵の映画になっている印象だ。雷蔵は眠狂四郎や机龍之介のような侍姿も似合うが、この映画のような町人姿も似合う役者。この映画では、島から戻って捕り手に追われた際、居酒屋の女主人と逢い引きしている風を装って捕り手をやりすごす場面などに、雷蔵の持つセックスアピールが凝縮されている。

 雷蔵とひばりが共演しながら、ネガの紛失でなかなか上映の機会のない「幻の作品」。それだけが売りの映画かと思ったら、これがなかなか面白いのにビックリ。当時はプログラムピクチャーで、これだけのものが簡単に作れたのです。時代劇にとってはいい時代でした。


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