オフィス・キラー

1999/06/16 メディアボックス試写室
女性アーティスト、シンディ・シャーマンの映画監督デビュー作。
小さな出版社を舞台にした連続殺人事件の顛末。by K. Hattori


 不気味なセルフポートレイトで知られるアーティスト、シンディ・シャーマンの映画初監督作品。アーティストが作った作品といっても、この映画には小難しいアート指向がみじんも感じられない。誰にでもわかる、不気味でちょっとコミカルなホラー映画だ。ただし普通のホラー映画のような、ショッキングな恐さはあまりない。観客を「殺される側」に感情移入させ、暗闇にビクビクさせるのがホラー映画の常道なのだが、この映画の視点は常に「殺す側」と同化しているため、殺人場面にもある種の達成感しか感じられないのだ。映画館で死ぬほど恐い思いをしたい人にとっては、少し期待はずれの映画になるかもしれない。僕はこの映画を観て、「ノーマン・ベイツの視点から『サイコ』を作ったら、きっとこんな映画になるのだろうな」と思った。こんな映画は、メジャースタジオでは絶対に作れなかったはずです。

 物語の舞台になるのは、大リストラを敢行した雑誌出版社。正社員の3人に1人を自宅待機の契約社員にするという、血も涙もない人員削減。しかし社長や幹部社員と親しい関係にある社員たちは、まんまと出社組に残っている。入社以来16年間も校閲係として働いていたドリーンは、このリストラ通告を受けた社員のひとり。彼女は半身不随の母親がいる自宅に引きこもり、必要のあるときだけ会社に出てきて仕事をしている。だがある夜、オフィスで残業中に起きた突発的な事故で、記者のひとりが死んでしまう。ドリーンはその死体を、どういうわけか自宅に持ち帰るのだった……。

 自宅勤務を強制されたドリーンが、うまく会社に残った同僚たちを、無理矢理に「自宅勤務」させるというアイデアが面白い。ただし彼女の動機はそれだけではない。死んだ父親との関係や、彼女を奴隷のようにこき使う半身不随の母親との確執がドリーンの心の重荷になっており、彼女は殺人という行為を通してそれから解放されていく。母親が暮らす家の2階は、彼女にとって忌むべき空間だ。母親は電動昇降機で2階と1階を自由に移動するため、ドリーンにとっての安息の場は地下室に作られる。そこは彼女にとっての楽園。会社では無愛想だった同僚たちも、ここに連れてこられたとたん、ドリーンに親しげに微笑みかけてくる。もちろんそれは、彼女にしか見えない幻影なのだが……。

 純粋なホラー映画ではなく、ホラー・テイストのあるコメディ映画でもないという奇妙な映画です。「サイコもの」の一種ではあるのですが、サイコ・ホラーでもサイコ・サスペンスでもサイコ・スリラーでもない、不思議なポジションを保っています。シャーマン監督自身は、これを「ファニーなホラー」と言っていますが、まさにそう言うのが一番正しいような映画でした。

 キャロル・ケイン、モリー・リングウォルド、ジーン・トリプルホーンなど、出演者はかなり豪華な顔ぶれ。絵作りもスタイリッシュで、芝居の組み立ても水準レベル。シャーマン監督の次回作にも期待できそうです。

(原題:OFFICE KILLER)


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