ホーホケキョ
となりの山田くん

1999/06/30 松竹試写室
いしいひさいちの4コマ漫画をフルデジタルで長編映画化。
少し毒のある現代版『サザエさん』。by K. Hattori


 日本アニメ映画史上最高となる、製作費23億6千万円を投じた大作。これは直接製作費なので、広告費や配給経費を加えると30億を越えるのではなかろうか。中身は朝日新聞で連載している、いしいひさいちの4コマ漫画。水彩画のタッチを映画に生かすため、すべてをデジタル処理しているという。巨額の製作費といい、実験的な手法といい、よくも悪くも『もののけ姫』の成功なしにはあり得なかった映画だと思う。僕は映画のデキそのものより、スタジオ・ジブリというアニメ映画製作会社にフルデジタルの制作設備が整い、長編映画を1本制作することで貴重な実践的ノウハウを身に着けられた部分を評価したいと思う。この映画自体はおそらく劇場で大ヒットすることはないだろうし、世界配給やビデオの収入を合わせても、最終的にはせいぜい収支がトントンになるかならないかという商売だと思う。しかしここで身に着けた技術を使えば、例えば「宮崎駿の『ナウシカ』を原作と同じ鉛筆画のタッチで映画化!」することだって可能なのだ。これはすごいことですよ。

 今回の映画は結局『サザエさん』であって、内容面での大きな驚きはない。4コマ漫画が原作なので短いエピソードの連続になる部分はテレビ・アニメ版の『サザエさん』だし、家族全員が「ケ・セラセラ」を大合唱するミュージカル風の演出は、江利チエミ主演の映画版『サザエさん』みたいだぞ。膨大な製作費を費やした水彩画タッチの絵も、最初の30分ほどで見慣れてしまう。ストーリーを語るだけなら、『がんばれ!!タブチくん!!』や「おじゃまんが山田くん」と同じ、普通のセルアニメでも十分に間に合うはずなのです。それをあえてデジタルで制作したのは、作り手側の「欲」であって、観客にとって何ら関係のないことだと思う。

 意地悪な見方をすれば、高畑勲監督の宮崎監督に対する対抗意識が、今回の製作費になっているとも考えられる。しかしそれが、スタジオ・ジブリという制作集団にとって表現の裾野を広げて行くことになるのだろう。『火垂るの墓』や『おもひでぽろぽろ』によってジブリのアニメーターたちが厳密なリアリズムを身に着けたからこそ、『もののけ姫』が作れたという考え方もできなくはない。『ホーホケキョ となりの山田くん』を1本製作することで、ジブリが会得することは多いはずなのだ。(既にこの映画を「過去形」で語ってるなぁ。)

 この映画の見どころは、豪華な声優陣かな。最高におかしかったのは、荒木雅子演ずるしげが、友人を病院に見舞いに行く場面。友人の老婆を演じているのは、特別出演の中村玉緒。このふたりの掛け合いは最高でした。特別出演にはもうひとりミヤコ蝶々がいるのですが、こちらは結婚式の披露宴で挨拶をしているだけなので、掛け合い芝居の面白さはまったくない。これは残念です。

 矢野顕子が初挑戦した音楽は、テーマ曲が印象に残る程度。『死刑台のエレベーター』でマイルス・デイビスがトランペットを即興演奏をしたように、矢野顕子もピアノで全部即興演奏をすればよかったのに……。


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