あつもの

1999/07/27 映画美学校試写室
菊作りに人生をかけた初老の男が見た、ライバルの実態。
主人公のライバルを演じたヨシ笈田に注目。by K. Hattori


 長年勤めた田舎の消防署を定年退職し、馬野杢平は妻とふたりで東京に出てきた。少し前から妻の精神状態がおかしくなり、東京の病院に入院させるためだ。仕事以外の趣味が菊作りだけという杢平は、「北陸の名人」と異名をとる腕前。今回も関東地区で開かれる菊花展に向けて、丹誠込めて作った菊をいくつも持ってきている。ところが東京では、息子夫婦の家から嫁が孫を連れて出ていこうとしている真っ最中。息子にはギャンブルで作った、莫大な借金があるというのだ。上京してきたばかりの父親に金を無心する息子を見て、情けない思いをする杢平だったが、それでも菊の手入れは怠らない。じつは杢平には、心の中で菊作りのライバルと決めた男がいる。その男、黒瀬玄一と会うことも、杢平が上京してきた目的のひとつだったのだ。

 タイトルの『あつもの』というのは、漢字で「厚物」と書く。管状の花弁が折り重なるように開き、マリのようにコンモリと盛り上がった花を咲かせる菊のこと。僕はこの手の風流にはまったくの門外漢なのですが、これにハマルと寝食を忘れて没頭してしまうらしい。毎年秋になると、全国各地で菊花展が開かれて、各地の愛好家たちが自慢の菊を出品します。僕が見ても「どれも同じじゃん」と思ってしまいますが、見る人が見れば違いは一目瞭然のようです。この映画では出品人の名の記されていない番号札だけの菊を見て、「あれは○○の菊だ」「あれは××さんの菊だ」と人々が言い当てる場面があります。その道に通じると、他の人には見えない物も見えてくるのかもしれません。

 主人公の馬野杢平を演じているのは緒形拳。火事が起きるのは10年に一度という田舎町の消防署勤務のかたわら、酒もタバコも女もやらず、黙々と菊作りに打ち込んできた男を上品に演じている。彼に付きまとう援助交際の音大生を演じているのが、『完全なる飼育』の小島聖。今回も入浴シーンや全裸シーンがありますが、印象としては『完全なる飼育』よりこの映画の方がよかったと思う。ただこの女優はちょっと鈍い印象を与えるところがあって、携帯電話を片手にテキパキと毎日の予定を立て、老人たち相手に援助交際で稼ぎまくるはしっこさが板に付いていない感じがした。後半になるとそれが味になってくるが、序盤はちょっとミスキャスト気味かな。

 しかしそんなふたりの芝居を超越した存在が、杢平のライバル黒瀬玄一を演じたヨシ笈田でしょう。菊作りの腕では他の追随を許さぬ名人中の名人でありながら、人品卑しく強欲で好色、しかも嘘つきで、他人を平気で傷つける性格破綻者です。この男が、小島聖の豊満な肉体に欲情してにじり寄る場面のリアリズム。「私が欲しいなら菊に火をつけて」とけしかけられて、本当に火をつけてしまう場面の恐いこと……。燃え上がる菊の前に立ちつくし、真っ青になって震える小島聖の方をクルリと振り向いたときの狂気じみた表情だけで、彼は今年の助演男優賞候補筆頭に躍り出ました。


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