SLAM

1999/11/12 メディアボックス試写室
黒人麻薬ディーラーはパフォーマンス・ポエットの天才だった。
黒人社会の現実とポエトリーの世界を描く異色作。by K. Hattori


 物語の舞台はワシントンDC。アメリカ合衆国の首都でありながら、黒人の低所得階層が住人の大半を占める都市。主人公レイ・ジョシュアは、身過ぎ世過ぎのために路上でマリファナを売っている男。しかし特技は即興で詩を作ったり朗読したりすることで、仲間内でもその才能に一目置かれ、子供たちからも人気がある。だがある日、彼はマリファナの不法所持で逮捕されてしまう。

 昨年のカンヌ映画祭で新人賞と観客賞を受賞したほか、同年のサンダンス映画祭でも審査員大賞を受賞した話題作。原案・脚本・監督・製作はドキュメンタリー出身のマーク・レビン。アメリカ大都市ならどこにでもある黒人スラムの現状を描いた映画だが、出演者やスタッフの中には、映画に描かれていたのと同じような人生を歩んできた人たちが多い。レビンと共に原案・脚本・製作を担当したリチャード・ストラットンは、8年間を刑務所の中で過ごした前科者。刑務所内のギャングを演じたボンズ・マローンは、やはり少年時代から刑務所に入り浸っていた札付きの不良だったという。

 映画に登場する詩の朗読は、ポエトリー・リーディング、パフォーマンス・ポエット、スポークン・ワード、ポエトリー・スラム、あるいは単にSLAMと呼ばれている新しいパフォーマンス・アートだという。詩を音読して聞かせるポエトリー・リーディング自体はずいぶん昔からあるものだが、映画に登場するSLAMは、ラップやヒップホップに近いリズム感がある。音楽と共に詩を朗読することもあり、多くのCDも発売されているらしい。ライブの様子は映画『グリッドロック』や『ラブ・ジョーンズ』にも紹介されていた。この映画で主人公レイを演じているソウル・ウィリアムズや、ローレンを演じているソニア・ソンは、実際にポエトリーの世界で活躍している人たちで、劇中で使われている詩も彼ら自身が作ったものだそうです。刑務所への護送車の中で騒ぎ続け、刑務官から隣地を受けるアジア系のギャングを演じていたボウ・シーアも、パフォーマンス・ポエトリーの全米チャンピオン大会に出場している人だとか。

 物語そのものはスパイク・リーの映画にも通じる、黒人社会の現実をリアルに切り取った現在進行形の物語。無表情に見えるギャングたちも、ひとりひとりは個性を持った人間なのです。その人間たちが貧しさの中で、目の前にある麻薬や暴力に手を伸ばしてしまう。暴力に暴力で報復する暴力の連鎖は、黒人社会全体を蝕んでいる。刑務官が主人公に「ワシントンの黒人は数万しかいないのに、なぜおまえの受刑者番号が27万なんだ?」と言います。こうした声は、暴力に満ちた社会を一歩外側から見ている者の言葉でしょう。

 この映画は「言葉が世界を変える」という可能性を提示しています。でもこれは「暴力よりは話し合い」という腑抜けた理想主義ではない。ぎりぎりまで追いつめられた者たちが、唯一の出口として選びとったものが、過激なポエトリー・スラムなのです。

(原題:SLAM)


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